何処までいっても 自分を見ることができない
自分を見たかったのに

だから神様は 見たい 体験したい となったのだなぁ
だから神様は 一つを二つにわけたのだなぁ

ねぇねぇ 私 体験する方やるから あなた私を見せて♪って
そして 別れた方も
ねぇねぇ オレ体験する方やるから あなたオレを見せて♪って

パートナーが私を見せてくれる
パートナーがオレを見せてくれる
一見全く自分と思えないのだけれど


だって私 そういう体してないし
オレだってそういう体じゃないし

私そんな風に言わないし 思わないし
オレだってそんな風に言わないし 思わなし

何処が私なんだ!! 
どこがオレなんだ!!

と、三次元の一つを二つにしたところだけ見ているから自分と思えるわけがない

そこで自分を見るとは!です

一つだったのです
パートナーは、父と母とで できています
つまりパートナーの中に男と女があります
勿論自分にも

パートナーを自分と見ているその感覚=意識が私だったのです
これが私を見るということ

見るって感じる、意識できていることでもありました
感じている感覚を見る

それが自分

見えないのですが
いろーんな自分がいてよかったのです

だから自分は無 0 でもあったのです

そして自分は無 0 であり 全てでもあったのです

2020/10/14(水) 06:00 メッセージ